楽曲の歌詞から考察する、26年間V6が貫いたコンセプト

 V6は、頑張れない人間を許して、頑張りたい人間の背中を押してくれるグループだ。

 

 昨今のように自己肯定感という言葉が世間に浸透する前から、今でもずっと、V6はありのままの、等身大の自分を受け入れて愛することの大切さについて歌っている。

 2枚目のシングル『MADE IN JAPAN』のB面に収録されている『大丈夫』という曲で、Coming Centuryが「明日に向かって正直に生きようよ」と歌っていた1996年から、解散前最後のシングルで「僕らはまだ未完成で 完璧には遠すぎて」と歌う、2021年の今まで。

 

 前述の『僕らはまだ』では、

「僕らはまだ未完成で 完璧には遠すぎて そう思うたびに弱さを知って 心のピースを埋めていく」

 とある。

 アラフィフの男たちが年を重ねた今でも完璧には遠い、という“等身大な自らの弱さ”をさらけ出すことによって、聴き手に向けて「あなたも完璧じゃなくていいんだよ」と伝えている

 

 このほかにもV6が26年間にものぼる長い音楽活動で伝えてきた“等身大の自分を受け入れ、愛することの大切さ”をいくつか抜粋して見ていきたい。

 

「誰かのために生きたって君は君だよ」(2007『HONEY BEAT』)

「ありのままの君でずっとそばにいてよ 世界の誰よりも愛するから」(2010『Air』)

「君だけの色で駆け抜けて もう自分に嘘つかなくていい」(2017『COLORS』)

「君が君でいられるその場所で在り続けたい」(2016『by your side』)

「足並み揃えて安堵している場合じゃない」「偽物はイラナイ 見たいのは本当のYOU」(2017『SPARK』)

 

 これらの歌詞は、自分に正直でいることを歌っている。誰かの顔色を窺って自分を偽るのではなく、等身大の自分を受け入れる大切さを、V6はずっと訴えている。

 

 V6の楽曲には応援歌が多い。彼らは“等身大の自分を受け入れ、愛することの大切さ”を伝える延長線上で、弱さや苦しみに寄り添い、絶望からもう一度立ち上がる勇気をくれる。多様性を尊重し、アウトサイダーを包摂する。

 

「孤独なアイデンティティ ここに光あれ」(2017『SPARK』)

 アウトサイダーへの応援歌である。さらにこの歌詞を、1人1人がソロで活躍する(孤独なアイデンティティを抱えている)V6が歌うことでより説得力が増す。

 

「傷つくくらいマジな君は 正しい今日をやれている」(1997『本気がいっぱい』)

「立ち止まって少し泣いたことも 君にとって大事なはず すぐにわかる」(2003『COSMIC RESCUE』)

「いつまでたったって強くなれないね いつか描いた自分を思う でも僕は揺らめいて迷ってきた足跡も また今を生きている印って思うんだ 一歩ずつ歩いたこの道はいつかきっと煌めく景色へ繋がってる」(2017『足跡』)

「完全無欠の人はいないから 七転び八起きで輝く」(2017『ハナヒラケ』)

 弱さや苦しみに徹底的に寄り添い、転んだり間違えたりすることを許容する。

 

「憧れもささやかな希望でさえも捨ててしまえば楽なのかな」「意味の無い遠回り いつも僕だけ取り残されてるようで そうきっと 望むこと 進むことさえやめれば 傷つかないでいられるかな」「抱きしめた原石(タカラノイシ)は この胸の中 膝を抱えて光る 今もまだ 走れるはずと信じて いつか目指した僕に向かって」(2011『タカラノイシ』)

 この『タカラノイシ』は、大きくサウンドの変革を行ったことで迷走期だと揶揄されたシングル『Sexy.Honey.Bunny!』の2曲目に収録されている。

 人の絶望に寄り添い、無理に慰めることはしない。ありのままの弱さを認め、そこから前を向けるように応援する、という歌詞の内容は、今までのコンセプトと何ら変わりはない。

 

 迷走期と呼ばれる時期の曲では他にも、

「無我夢中で探していた 自分らしさとか生きる意味を 時に誰か傷つけながら その痛みを知る事もせずに」(2011『WALK』)

「荒れた道 転ぶたび 何度でも叫びな、坊主!」(2012『kEEP oN.』)

「頑張るよりも楽しんで!」「心のチャージを忘れないで しんどいことは無理すんな」「ズバリ人生ってのは楽しむもんだよ」(2012『バリバリBUDDY!』)

 など、もがき苦しみ人生を生きる人々に勇気を与える楽曲を発売している。

 確かにサウンド自体は大きな転換点を迎えた時期ではあるものの、これらの楽曲群でも、歌詞で伝えたいデビュー当初からのメッセージ自体は何一つ変わっていない。V6は全く迷走していなかったといえる。

 

 “弱さも含めて、全てありのままの自分を愛すること”、ならびに“正直に、等身大に生きる姿勢”の大切さを歌い、多様性を尊重するV6。それは楽曲のみならず本人たちがテレビや雑誌のインタビューで見せる態度にも表れている。

 

 V6の冠番組学校へ行こう!」では、クラスに馴染んだ中心的な学生よりも、個性の強い学生をよく好んでいた。クラスのちょっとズレたアウトサイダーを排斥するのではなく、最高のキャラとして昇華する番組だった。

 井ノ原快彦さんは以前MCを務めていたNHKの情報番組『あさイチ』にて40~60代女性が受ける「セクハラ被害」について取り上げた際、

「有働さんって切り返しが上手だったり、笑いにしてくれるから、みんながすごく救われるけどそれもどうかと思う。縁結びの神様を有働さんにもってくるとか、それで笑いがとれると思ったら大間違いなわけ。この人が強いから言っていいとかじゃなくて、相手がどう思うか常に考えないと、そのつもりがなくても加害者になっちゃう」

と、ステレオタイプな女性像に対する加害に毅然とした態度を見せ、

 三宅健さんはananで

「悲しみや苦しみも分かち合えたらいいなと思っています」と、コロナ禍の中、我慢を強いられる中懸命に頑張っている人々に寄り添えたら

 と願っていた。

 

 年齢も好みも性格もバラバラで、個々人のソロ活動のジャンルはミュージカル・舞台・映画俳優・MC・食の変態・手話と多岐にわたるV6自体が多様性に満ちたグループであり、尊重なくしては26年間もグループ活動を続けることは不可能だったに違いない。

 今回の解散理由さえも、

森田剛さんの「ジャニーズ事務所を離れた環境で役者に挑戦したい」との申し出を受けた5人が、「人生の半分以上一緒にいる仲間の提案を、他の5人は止められない。」「それをきっかけに5人がV6、そしてそれぞれの将来を考えた時に、”解散”が自分たちの新しい形なんじゃないか」と思い、解散を決意することとなった

 と言っている。これを尊重と言わずして何と言えよう。

 

 解散発表がされた後、「なかよしで行こう。」をテーマに掲げた森永乳業ピノのCMに出演したV6。発表された解散理由に嘘がなく、不仲による解散ではないことを改めて証明した。

 

 V6はジャニーズ事務所に与えられたコンセプトとしてLove yourself的な路線を進んでいるのではなく、自分たちの意思で正直に等身大に、ありのままの自分を愛し、多様性を尊重している。V6が歌う「愛」や「尊重」には、嘘がない。そこにはただ、まっすぐな誠実さと寄り添いだけが存在している。

 

 ここまで挙げてきたV6のコンセプトに関する象徴的なエピソードがある。

 2015年、V6が20周年イヤーを迎え、NHKの『SONGS』に出演したときのことである。

 番組内で、大河ドラマの主演を務める岡田准一さんの重圧はいかほどなものかという話になったときに、

森田剛さん「俺は岡田が背負ってるものを想像できないから、大変だなと思うけど、こうやって(6人で)集まってるときぐらいは何も考えずに笑っててほしい」

井ノ原快彦さん「俺たち何も言ってあげられないけど、剛くんが言ったように実家みたいな感じで」

三宅健さん「ここにいるときはもう、良くも悪くも岡田だから」

 

 というくだりがあった。

 森田さんと井ノ原さんの「岡田が背負ってるものを想像できない」「俺たち何も言ってあげられないけど」という、相手を知ったかぶりせず正直にわからないことをわからないと言える姿勢に等身大の強さが見え、「あなたの孤独の全てを理解できないけど、寄り添いたいと思っている」という態度は究極の尊重のように感じた。

 

 V6の6人は、自分のことを大きく見せることも小さく見せることもしない。謙遜はしても、ずっと等身大で生きている。

 

 そして、V6のもう一つ大きなコンセプトとして、「挑戦」が挙げられる。

 私は彼らを好きになってからたった5年しか経っていない所謂アニバ新規と呼ばれるファンなのだが、そのペーペーから見た5年間の中でも、続けて挑戦が行われていたように思う。

 2016年の『テレビ朝日ドリームフェスティバル』に出演。フェス初出演にも関わらず、

『ドリフェス』2日目のトップバッターにして、全部根こそぎ持っていってしまったんじゃないか? そんな気にさせられるくらい、エンタテインメントの全てを凝縮した見事なステージをみせてくれたのは、V6だ。

 と評されるほど素晴らしいステージを見せた。

 2017年発売のシングル『Can't Get Enough』では英詞やプロモーションに当時最先端だったVRを使い、同年に発売されたアルバム『The ONES』では、「無茶したな、V6。」というキャッチコピーを掲げた。25周年を迎えた昨年はコロナのため有観客のライブ公演が叶わなかったが、反対に無観客配信であることをメリットに変え、映像作品としての最高傑作を産み出した。ほかにも西陣織の衣装や、新たなダンスのジャンルへの取り組みなど、ここには書ききることのできないほど精力的な挑戦を続けている。

 

 V6が抱く、飽くなき「挑戦」へのマインドはもちろん、楽曲の歌詞にもはっきりと表れている。

 

「ダサくても悩んでいたいよ」「テレビとか雑誌とかでスゴイ人見てふと思った もうできる全部やるしかない テキトーに生きたくない」(1997『本気がいっぱい』)

「友達が僕より偉く見える日はサボりたくなる 僕だけにできること見つけたいよ」(1998『Can do!Can go!』)

「現実はツライ でもがむしゃらに叫び続けていたい」「あふれるほどの情熱を胸に抱きしめて歩き始めよう」(1998『over』)

「かなう夢もかなわぬ夢もかけがえのないものだよ」「できないことなんて何もないから そう自分を信じていこう」(2009『スピリット』)

 

 中でもoverは、V6のグループ内グループである20th Centuryという年上3人組が作詞を担当した。トニセンの色濃い苦労と葛藤が描かれた『over』は、後輩の嵐や風間俊介さんに影響を与えたと語られる。井ノ原快彦さんは日経エンタテインメントで、『over』の思い出について

「作詞の時もモメたなぁ。サビの「溢れるほどの情熱を」ってフレーズは僕が書いたんですよ。その頃、年下の3人(森田、三宅、岡田)を見ていて「メラメラ燃えたぎるものを隠しながら生きてる」という感じがしたから。」

 と述懐している。

 

 前述した解散理由からも、「挑戦」が深く関係していることが読み取れる。

 ブレずに挑戦をし続けるV6が改めてそれぞれの人生を見直し、森田さんが新たな「挑戦」をするために事務所を離れるという決断からは、森田さんがV6のメンバーであること、V6の核に存在する「挑戦」というマインドを強く感じる。

 新たな飛躍のためにそれぞれが新しい道を歩むことを心の底から応援したい。

 

 11月1日を迎えたその先も、V6の楽曲は色褪せず私たちのそばに残り続ける。失敗を許容し、立ち上がる勇気をくれるV6にこの先何度も救われるだろう。

 V6が解散した先の世界を生きていく覚悟はまだないけれど、「ありがとうと大丈夫」を君に。

 

あとがき

卒論のつもりで書きました。(V6からの卒業…できないけど……)

解散を受け入れるために書いたのに逆にV6を大好きな気持ちが溢れて寂しさが止まらなくなってしまいました。

 

V6の曲には「へこんだり諦めたり辛いよね、でも(ゆっくり休んだら)希望や夢や愛を持ってまた歩き出そう、君は大丈夫だよ」みたいな歌詞が多いですよね。

さみしくて、苦さや痛みを描いた歌詞の数々は、未来をまっすぐな瞳で信じてキラキラした王道の「アイドル」とは違って、下積みが長く泥臭さがあるトニセンの存在がそうさせるのかもしれません。(トニセンとは反対に華々しくデビューしたカミセンの3人も、のちにもがき悩むことになります。それが組み合わさって楽曲に強い説得力を持たせることになるのですが……)

人生の応援歌をうたうV6にもとっても惹かれるし、カミセンのテーマオブとか夏のかけらみたいな“ザスペオキグループ”みたいな曲も大好き!

グループ内グループでこんなにも幅を見せられるところがほんとうに最強だ…………

 

V6だいすき!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

この後の学校へ行こう!見てね!!!!!


P.S.

学校へ行こう!、めちゃくちゃ良かった……